1円単位で割り勘する飲み会で思ったこと

お金の設計事務所・創現舎(そうげんしゃ)眞田 茂樹です。

先日、出席した異業種交流会の飲み会、なんと幹事さんが 飲み代を1円単位の割り勘で徴収しました。

久しぶり・・というか前回の記憶がないので人生初・・1円単位の割り勘です。

世はキャッシュレス時代・・私も含め、参加者はジャラジャラと小銭をもっているはずもなく、
全員が「マジかよ・・・」と思って財布をまさぐっていると、
その幹事さん、いつも1円単位の割り勘をしているらしく、ちゃんとお釣り用の小銭を大量に持参しておりました・・。

そんなわけで、若干、酔いが醒める感はありましたが、無事 支払いを済ませることができました。

ここで私が思ったことは、1円単位の割り勘の、良い・悪いではありません。

この幹事さんは、なぜ1円単位で割り勘をするのか、ということです。

おそらく、この幹事さんは「お金」というものが、世の中のいろいろなモノの価値を示す、絶対的なものと思っているんじゃないか。

だから、会計を1円単位で割ることによって、
「この飲み会の負担を、参加者全員に『完璧』に、『平等』に分けることができた。」
と、思ってるんじゃないか。

ただ、はたして「お金」とは「負担」という目に見えないものすらも完璧に分けられる、絶対的なものなんでしょうか?

みなさんは1万円札には いくらの価値があると思いますか?

そう、当たり前ですね、
1万円札には1万円の価値があります。

しかし、実は造幣局である日本銀行で、1万円札を1枚作るコストは、たった22円です。

つまり、モノの価値だけでいえば、1万円札は22円の価値しかないことになります。

では、なぜ私たちは「1万円札」に「1万円の価値」があると思うのでしょうか?

それは「信じている」からです。

私も、あなたも、あなたの友達も、「1万円札」には「1万円の価値」があるということを信じているからです。

例えば、時計屋さんで1万円の時計を買うとします。

時計屋さんが1万円札と1万円の時計を交換してくれるのは、あなたも時計屋さんも「1万円札」に「1万円の価値」があると信じているからです。

では、「信じている」=「信じる気持ち」というのは、絶対的で一定のものでしょうか。

そう、気持ちは一定ではありません。

あなたが、ご主人や奥さん、恋人を「好き」という「気持ち」は、その人に言われた言葉や、態度、場合によると自分の体調や時間帯でも変わったりしますよね。

それと同じです。

「信じる気持ち」により成り立っている1万円札の価値は、日本が世界の中で置かれた立場、日本や海外でおこった事件、そして時間なんかによって、目まぐるしく変わります。

よって「1万円札の価値」は、その都度、その時間によって刻々と変わっているわけです。

わかりやすいのは、毎日 変わるガソリンの値段です。

例えば、1リットルのガソリンで10㎞走る車。
今日 買ったガソリンも、昨日 買ったガソリンも、1リットルでその車を10㎞走らせることができます。
つまり、昨日も今日も、1年後も「ガソリンの価値」は一定です。

では、なぜガソリンの値段は毎日 変わるのでしょうか。

そうです。

毎日変わっているのは、実は、「ガソリンの価値」ではなく「お金の価値」です。

ガソリンに限らず、お金の価値が変わる指標はいろいろあります。
株価、為替、インフレ・・・・などなど、これらが日々変化するのは、人の「お金を信じる気持ち」が日々、変化するからです。

話を戻して、飲み会の割り勘の件。
一人当たり4823円の会計でしたが、これは負担を平等に分けたことになりません。
貯金が1000万円ある人と、10万円しかない人では、4823円に対する気持ち、つまり「価値」が違うからです。

今日のこういうこと
「お金の価値は刻々と変わる。
 お金はモノの価値を表す絶対的な尺度ではない。」

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